調律師によるガチの構造説明シリーズ⑤音色が変わるとき としチャンネル@YouTube

こちらの動画を文章でまとめています。ほぼ同じ内容になりますが少しでも参考になれば嬉しいです
※内容としてかなり長く読みづらい部分もあるかと思います。動画とほぼ連動していますので、まず動画を見て頂いてわかりづらかった部分だけ読んで頂くのをオススメします。

音色が変わった時にピアノの中身で起こっていること

音色についての個人的な考え(動画でカットした部分)

動画では省略しましたが、まず最初に「音色」に対する個人的な考えを短めに書いていきます。

「調律師がそんな事言ってどうするんだ」と思われるかもしれませんが、音楽のジャンル関係なく、楽器を演奏する際の音量とテンポの変化だけで聴き手に音色が変わったと感じさせることが可能だと僕は考えています。

特にクラシックのような100年単位でいまだに演奏され続けている曲たちは、楽譜に書いてある音符が既に音色の力を持っており、楽器が変わったくらいで曲が音色を失うなんて事はないのではないかとすら感じます。

この音量とテンポが合わさった音楽に、物理的な音色の変化というものが掛け算のように混ざることによって、その音楽がより生き生きしたものになり、より大きな感動に繋がると思っています。

この考えはとある経験からくるものですが、この経験についてはまたの機会に書こうと思います。

音色が変わるとき

さて、音色を変えたいと思った時に手首の位置を変えたり、指を少しスライドさせて弾いたりすることもあるかと思います。

この時にピアノの中では色々な事が起きているのですが、本記事ではこのうちの1つに注目して、「何が起きて音色が変わっているのか」を構造視点から解説していきます。

本記事の内容は具体的な音色の変え方やそのための弾き方というものではありません。

弾き方を変えて音色が変わった時に鍵盤の向こう側で起きている事を構造視点から解説していくというものになります。


現実、弾き方による音の変化は、目の前のピアノとその環境によって全く別のものになると僕は考えています。その上で本記事が少しでも演奏のヒントになれば嬉しいです。

アクションモデルを使った説明

※動画内ではアクションモデル(鍵盤の模型)を使って解説しています。

結論

まず本記事の結論から書きます。

指をスライドさせる、あるいは手首の位置を下げて弾いて音色が変わった時にピアノに起きている現象としては、

指と鍵盤との接点が移動

鍵盤が下がる加速度が変わる

これによってハンマーが付いているシャンクがしなる。このしなりによってハンマーの弦を叩く位置が変わる

基音と倍音のバランスが変化する。この基音と倍音の関係が変わると人は音色の変化と感じる。


・・・ってなりますよね。

ピアノの音色が変わるメカニズム、言葉にするとなるとやはり簡単ではないです。

動画では6~7割の人が見終わる頃になんとなく理解した状態を目指すと言いましたが、本記事がこの助けになるように書いていきます。

解説の流れ

動画同様に本記事でも音色が変化している事を前提に、音色の変化って何?というところからスタートして、そのために必要な条件はこれ、この条件のために必要なのはこれという順番で解説していって、最後にそのためには指をスライドさせたり、手首の位置を変えるという方法もありますという流れでいきます。

音色の変化=基音と倍音のバランスの変化

音色の変化って何?という話なんですが、ここで言う音色は

鳴った音に含まれる基音と倍音のバランス

です。

※音色については色々な角度から見る事が出来ますが、本記事内での音色はこのように定義させていただきます。

ジョイントコンサートや発表会などで、同じピアノなのに弾く人によって音が全然違うなあって感じたことありませんか?

音が遠くまで聴こえる聴こえないだけではなくて、暖かい音、暗い音なんて感じる時もあるはずです。

これらの現象は音に含まれる基音と倍音、もっと詳しく言うと倍音って何種類も含まれていて、その中のどの成分がどれくらい出ているのかのバランスが変わることによって、人はそれを音色の変化と感じます。

基音と倍音のバランスの変化がどう起こるのか~ハンマーが弦を叩く位置~

ではこの音色の変化、基音と倍音のバランスの変化がどのように起こるのかというと、ハンマーが弦を叩く時の位置と弾み方が変わった時です。

まずハンマーが弦を叩く位置がどうやって決まっているかご存知でしょうか。

これについて詳しく書くとややこしくなるので省略しますが、簡単に言うと各メーカーが出したい音が出るポイントを叩いています。

ちょっと難しく言うと、

基音はもちろん出るんですが、出したい倍音と出したくない倍音というのが各メーカーにはそれぞれあって、これが計算されて位置が決まっています。

最終的には工場の最終ラインにある整音の人達が音を聴いて耳で判断するんですが、設計段階での数字は弦の長さの内の8.65分の1みたいな数字が出るくらい細かく計算されています。

それくらい弦のどこを叩くのかは音色に大きな影響があるということになります。

弦を叩く位置がどう変わるのか~シャンクのしなり~

さて、ハンマーが弦のどこを叩くのかによって音色、つまり倍音の出方が変わりますという話なんですが、この叩く位置をピアノはタッチによってほんの少しだけ変えられるようになっています。
そのために必要なのがハンマーが付いている棒、シャンクのしなりです。

このシャンクのしなりについては第3回の構造説明シリーズで取り上げているんですが、このしなり方が変わるとハンマーが弦を叩く位置が変わるようになっています。

調律師によるガチの構造説明シリーズ③「センスが良い」を構造視点で言語化

ここまでを一旦簡単にまとめます。

音色が変わる時は、基音とそれぞれの倍音の出方が変わる時。
この出方と倍音が変わる時=ハンマーの弦を叩く位置が変わる時。
ハンマーの弦を叩く位置が変わる時というのが、シャンクのしなりが変わった時

になります。

次の内容はシャンクのしなりが変わる仕組みです。

いつシャンクのしなりが変わるのか~鍵盤の加速度が変わったとき~


ここでも結論から書きます。

鍵盤が下がるスピードが途中で変わった時にシャンクのしなり方は変わります。

よく鍵盤の上の方で弾く、下の方で弾くと言うことがあると思いますが、この時に起きているのは鍵盤が下がるスピードが途中で変わっているという事です。

鍵盤の下の方で弾くというのは、下の方で加速させるということになりますし、上の方で弾くというのは言ってみれば途中で減速させるという事になります。

これは物理的に指を押さえる速さを変えて、結果的に鍵盤が動く加速度を変えていることになるんですが、演奏の中でこれをやり続けるのってちょっと現実的じゃないですよね。

実はもうひとつ、現実的な方法でシャンクのしなりを変えるための鍵盤の加速度を変える方法があります。

それは指と鍵盤の接点をずらす、つまり指をスライドさせるという方法です。

鍵盤の加速度を変えるもうひとつの方法~指と鍵盤の接点の移動~

鍵盤の指で押さえる位置によって底までの距離が変わるという話を第2回構造説明シリーズでしました。

実はこの時にはしなかった話がありまして、それは鍵盤の手前側を押しても奥を押しても、アクションのハンマー側が動く量は同じなんです。

指の位置によって底までの距離が10ミリだったり、5ミリだったりするわけですが、鍵盤が底に付いた時点でハンマーはちゃんと1番上まで上がります。

という事は指の位置によって変わるのは鍵盤を押し下げる距離だけではなく、ハンマー側が動くスピードも変わっているということになります。

調律師によるガチの構造説明シリーズ②鍵盤の底を意識する先の”先”

この原理を利用して、指をスライドさせることによって結果的に加速度を変えることが出来ます。

しかしこの指をスライドさせるという弾き方も、現実的に可能な時と不可能な時があると思います。

ここでも実は指をスライドさせなくても鍵盤との接点を変える方法があります。

それは手首を下げた時です。

指と鍵盤の接点を移動させる方法~手首を下げた時に起こること~

目の前にピアノがあれば是非見て頂きたいことがありまして、それは弾く時の指と鍵盤の接している点が手首の高さによってどう違うのかです。

手首が高い時は鍵盤を下まで押し下げても接点が変わらないのに対して、手首を下げた状態で鍵盤を押し下げると、下がるにつれて接点が奥に移動していないでしょうか。

これはミリ単位あるいはそれ以下の話です。

この違いが手首を下げた時に音が変わる現象の正体の1つです。
また、椅子の高さによる音色の違いもこの部分が大きいと思います。

これはぜひYouTubeなどで活躍されているピアニストさんの「指と鍵盤との接点」に注目してよく見てみてください。

もちろんこういった方々は音を聴きながらオートで表現したい音楽に必要な音が出るように弾いているはずですが、よく見ると手の形が同じように見えても鍵盤の押さえ方が全然違います。

例えば音が上がってから下がってくるというフレーズが2回ある時に、1回目は音が上がるにつれて手首の位置も上がり、2回目は同じフレーズでも手首の高さを変えずに弾いたりしているのを見ることが出来ます。

これは手首の高さなど、どっちが正解という事はなくて、高い低い両方、もっと言えばその間の音も含めて全て必要になるのかななんて思います。

1番言いたいこと

この記事で僕が一番言いたいことがありまして、ここで解説してきたような構造視点から見るとピアノってどう弾いても音が変わるようになっていて、細かく聴けば同じ音を2回出す方が難しいくらいの仕組みになっています。

これを表現したい音楽に合わせて演奏者は弾き方を変えますし、僕ら調律師はそれが少しでもやりやすいようにピアノを整備するのが仕事という事です。

まとめ~演奏者側→音色が変わるまで~

最後に鍵盤側から音色が変わるまでの正規の順番を書いてこの記事は終わりになります。

指をスライドさせる、あるいは手首の位置を下げた時に起こることは、指と鍵盤との接点が移動している。

これは鍵盤が下がる加速度が変わっていて、これによってハンマーが付いているシャンクのしなり方が変わる。

このしなりによってハンマーの弦を叩く位置が変わる。

これによって基音と倍音のバランスが変化する。

この基音と倍音の関係が変わると人は音色の変化と感じる。

このまとめは本記事の最初に書いてある音色が変わる仕組みとほぼ同じ内容になります。

音色が変わる要素は他にもたくさんありますが、ここではそのうちの1つに注目して書いてきました。

この構造の知識が舞台上で音楽だけに集中するための役に少しでも立てば嬉しいです。

それでは最後まで読んで頂きましてありがとうございました。
としさん