こちらの動画を文章でまとめています。ほぼ同じ内容になりますが少しでも参考になれば嬉しいです。
センスが良いって何?
「センス」と聞くと色々想像が出来ますが、この動画内では目の前のピアノを弾く感覚、いわゆる楽器を操るセンスとしています。
調律師をやっていると、ピアノを勉強されている方から
「自分が弾きにくかったピアノで同級生がいとも簡単に良い演奏をしていてへこみました。何が違うんでしょうか」
だったり
「自分では表現しているつもりなのに、先生からもっと表情や音色を考えて弾きなさいって言われるんです。私ってセンスないんでしょうか」
などの悩み相談を受けることがたまにあります。
もちろん調律師として1番やらないといけないことは、こういった方達が最大限に表現出来るようにピアノの状態を整えることなのですが、リアルとしてこうやって力になれる場面は限られています。
また、小学生や中学生の生徒さんを持つピアノの先生方からもよく「全員ではないけど、運動が出来る生徒はなんとなく良い音で弾く勘が良い」なんて聞くこともあります。
レベルの差はさておき、
目の前のピアノを操れる人とそこに悩む人
この違いはどこにあるのか、これについては色々な角度から見ることが出来るはずです。
音楽の知識
楽譜の読み方
身体の使い方
弾き方
などですね。
僕はせっかくピアノの調律を仕事にしているので、斜め上からの視点にはなりますが構造視点でこの「センス」という言葉を考えてみようと思います。
具体的には、調律師だからこそ感じる、
楽器をコントロール出来てしまう人が無意識に感じているポイント
があるような気がしていて、この点について構造視点で深堀りしていきます。
アクションモデルを使った解説
※動画内ではアクションモデル(鍵盤の模型)を使って解説しています。
結論
僕の考える、目の前のピアノをコントロール出来てしまう人が無意識に感じ取っているもの、それは「シャンク」という部品です。
ハンマーがくっついている棒の部分になります。
楽器を操れるとは
シャンクの話をする前に「楽器を操れるとは」という話になります。
本記事ではこれを”表現が出来ること”
つまり良い音で弾けることではなく、
自分の表現したい音楽のために色々な音が出せること
ということで読み進めて頂ければと思います。
意識すべきはハンマーではなくシャンク
さて、構造説明シリーズの1回目と2回目で、ハンマーが弦をどう叩くのかで音が変わるという話をしてきました。
ピアノを勉強されている方とハンマーの感覚の話になると、
鍵盤を押すことによって、ハンマーを「持ち上げる、突き上げる、飛ばす、放り投げる、惰性で弦へ向かう
といった表現をよく聞きます。
この言葉が出てくる時点でピアノの構造について相当勉強されているのがわかります。
これは構造から見るとどれも正解ではありますが(大正解です)、この感覚がすぐに演奏に役立つかと言われると、いまいちピンとこないという方が多いのではないでしょうか。
実はこのハンマーと鍵盤を繋いでいると言っていい部品がありまして、それが本記事のメインになる「シャンク」という部品です。
ということで、このシャンクという部品について演奏者視点で深掘りすることによって、目の前のピアノとの距離を一気に縮めていこうと思います。
シャンクとは
シャンクの役割を別のもので例えると、木琴でいうバチの棒の部分になります。
鍵盤の普段見えない部分は複雑な仕組みに見えるのですが、このシャンクという棒とハンマーだけに注目した時には、
木琴のバチが鍵盤と繋がっていて、鍵盤を押すとこのバチが弦に向かって持ち上がって音が鳴る
という仕組みになっています。
ですでの、イメージとしては前回同様にシーソーのようになっていると考えて間違いではありません。
シャンクはしなっている
ここでさらに注目したいのは、このシャンクが種類は違えど木琴のバチ同様に木で作られているという事です。
つまり
このシャンクは”しなる”【超重要】
ということになります。
そしてピアノを操れてしまう人、色々な表現が出来てしまう人は鍵盤を通してこの”しなり”を無意識に感じ取ってコントロールしているのではないかと僕は考えています。
しなりと音の関係
木琴や鉄琴で遠くに飛ぶ音を慣らそうとした場合、おそらく手首のスナップを使って叩くと思います。
この時に起きている現象としては、手首を使うことによって
バチをしならせている
ということになります。
打楽器の場合、バチが何種類もあって表現に合わせて変えることは出来ますが、同じバチで響きを変えようとした時には当然手首の使い方を変える、すなわち棒のしなり方を変えるはずです。
この時に、手首を固めた状態で叩いたらおそらく雑音を含んだ汚い音、あるいは音は大きいけど遠くに飛ばない音が鳴るのではないでしょうか。
これはバチのしなりを使えていないから起きる現象です。
このしなりと音の関係、実はそのままピアノにも当てはまります。
しなりとピアノの関係
ピアノを弾いていて、音が遠くに飛ばない、強い音が割れてしまう、音色が変わらない、こういった時にピアノの中身で起きている現象としては、このシャンクのしなりを上手く使えていないという事になります。
ここでピアノと木琴の違う部分は、このバチ、すなわちシャンクを直接手で持てない、かつ見ることもできないという事です。
この1番の問題点は、”シャンクのしなり方”が各ピアノによって違う、また音域や楽器の状態でも変わりますし、さらには音の聴こえ方によっても感じ方が違ってくるという事です。
というわけで、構造視点で見た”しなり”を、実際に目の前のピアノで感じ取る方法を紹介していきます。
シャンクのしなりを指で感じる方法
まず鉄琴で試してみる(動画でカットした部分)
しなりの大切さを感じる簡単な方法として、本物の木琴や鉄琴で試してみるという方法があります。
理想としてはうまく叩けた時にちゃんと良い音が鳴ってくれるものです。
個人的なオススメはドイツ、Sonor(ゾノア)社製、グロッケンシュピールNG-30です。音の良さに間違いなく驚くと思います。僕のお気に入りポイントは良い音で叩くのが決して簡単ではないところです。
そして汚い音もちゃんと鳴ってくれます(これはピアノでも超重要です。汚い音も音楽には必要で、美しい音しか鳴らない状態に調律をするとクレームがきます。。。)
Amazonで13000円くらい(オーストリアでも約10000円)とかなり高く、しかも子どものおもちゃとして売られているのですが、音を聴いた僕の印象では普通に”楽器”です。(一応リンク貼っておきます)
https://amzn.to/3sRDYSI1音でしなりを感じる
構造説明シリーズ2回目で、鍵盤を押し下げる位置を変えた時の、底までの距離や重さの違いを感じ取って頂いたと思うのですが、
ここではシャンクのしなりをイメージしてやって頂きます。
まず鍵盤の向こう側のシャンクをイメージします。”木琴のバチ”と想像してもOKです。
この状態で鍵盤の1番手前を底につかないような強さで押しては戻してを繰り返してみてください。(音が鳴ってはいけません)
この時に指は鍵盤につけたままでその鍵盤の向こう側でシャンクがしなりながら持ち上がるのを想像します。
これを繰り返すと何かが指と繋がっているような感覚を感じ取れると思います。感じ取りづらい場合には右ペダルを踏みながらやってみてもいいと思います。
これを鍵盤の奥の部分でも同じように試してみてください。
目を閉じながらやってみるといいかもしれません。
この時に鍵盤の手前と奥で比べてみると、
手前を弾いた時のほうがしなりを感じられるかと思います。
この時点で1音にはなりますが、”シャンクのしなり”を感じることが出来たということになります。
各音域で違いを感じる
次はこれを別の音域でやってみましょう。これまた違いを感じられるはずです。
低音の場合、弦が長いので大きなハンマーがついていて、つまり重たいものがバチの先端についていることになります。
つまり低音のシャンクは大きくしなるということになります。
これが高音にいくとハンマーも小さく、また軽くなっていくため、感触としては大きくしなるというよりはコンパクトなしなりへ変化していくはずです。
ここでは軽く触れるだけにしますが、音域によってシャンクの太さも違います。
弾く強さでの違いを感じる
先ほどしなりを感じた状態で、今度はピアニッシモからフォルテッシモへ変化させた時にしなりがどう変わっていくのかを感じてみてください。
これも同じように鍵盤の手前と奥、さらには各音域で試してみてください。
もし先ほど1音でのしなりを感じ取っていたとしたら、このピアニッシモやフォルテッシモでしなりを感じると同時に、かなり出しやすくなっている感覚があるのではないでしょうか。
構造視点から見た
楽器を操るために最も大切なこと
ここまで色々試してみた時点で、物理的にどう弾いたらどうしなりが変わるのかを知りたいと感じると思うのですが、これがピアノや状態によってかなり変わってきてしまうので、音で判断するしかないという事になります。
(この時点で、音の聴こえ方もいつもと変わってきている方もいらっしゃると思います。)
ですが調律師をしていると、楽器を操れてしまう人とそうでない人の、構造視点から見た弾き方の決定的な違いを感じることがたまにあります。
それは
鍵盤の下がり始め、もっと言うと指が鍵盤に触れる瞬間に対してどこまで集中しているか
という事です。
鍵盤の底ではなく、触れた瞬間です。
現実、楽器をコントロールできる人ほど鍵盤に指が触れてから弾くという事を徹底しているように思います。たとえそれがフォルテッシモ、または超絶技巧のような早いパッセージの時でも同じです。
鍵盤に触れてから弾くということ
指が鍵盤に触れたから弾くということはピアノの中身の構造から見た時には最も大切なことと言っていいかもしれません。
それはなぜかというと、
鍵盤の深さ1cmというのは、そのピアノを弾く人に与えられている
唯一平等な音楽表現をするための距離だからです。
この距離は性別や体格、また奏法で変わる事はなく誰にでも与えられています。
言い換えればこの距離の密度で、音や音楽の密度が変わってくるという事になります。
ですので、
鍵盤が指に触れた瞬間を意識しない=この距離の一部をうまく使わない
という事になるため、
・シャンクのしなりを感じるのが難しくなる
・エネルギーも伝わらないので音が飛ばない、あるいは割れてしまう
・ピアノによる違いを感じづらい
・自分の表現したいことが音に鳴らない、
といった事に繋がると思います。
これについては是非YouTubeなどで、活躍されているピアニストさん達の映像を見てみてください。こういったレベルになると当然無意識ではあると思うのですが、与えられた鍵盤の上から下までの距離を全て使い切っているのが見れるはずです。
まとめ
というわけで最後にまとめます。
構造視点から見た「センスが良い」とは、シャンクのしなりを無意識にコントロール出来ているという事。
このしなりを感じるために最も重要なポイントは、鍵盤と指が触れる瞬間、鍵盤が下がり始める瞬間を意識して、この距離を最大限に利用する。
というわけで以上になります。
ピアノの演奏に直接役に立つかはわからないのですが、これからもピアノという楽器の構造についての動画を発信していきます!
最後まで読んで頂きましてありがとうございました!
としさん@津久井俊彦