調律師によるガチの構造説明シリーズ⑥音抜けとアフタータッチ としチャンネル@YouTube

こちらの動画を文章でまとめています。ほぼ同じ内容になりますが少しでも参考になれば嬉しいです
※内容としてかなり長く読みづらい部分もあるかと思います。動画とほぼ連動していますので、まず動画を見て頂いてわかりづらかった部分だけ読んで頂くのをオススメします。

ピアノの音抜けとアフタータッチ

舞台上などの本番時には絶対に避けたいこの現象

演奏中にppを出そうと思ってゆっくり鍵盤を押したら・・・音が鳴らない

この時にピアノの中身では何が起きているのでしょうか。

この「音抜け」の説明にどうしても必要になってくるのが

アフタータッチの構造視点での理解です。

アフタータッチを理解することによって、音楽表現の助けになることはもちろんですが、本記事では「音抜け」に注目して

・目の前のピアノが音抜け注意報のピアノなのか
・絶対に音抜けを避けたい音やその鍵盤のメカニックの状態
これらを自分で確認することが出来るようになる

といった内容になります。

ピアノの構造の知識が少しでも演奏の役に立てばとても嬉しいです。

アクションモデルを使った説明

※動画内ではアクションモデル(鍵盤の模型)を使って解説しています。

構造視点から見た音抜け

音抜けの原因を理解するために、まず物理的に音抜けを起こしてみましょう。

これは簡単で鍵盤を下までとてもゆっくり押し下げるだけです。

すると音が鳴らないはずです。

結論から言ってしまうと、

音が抜けてしまった時にピアノの中身で起きている現象としては

ハンマーが弦に届かなかった

ということです。

ではなぜ届かなかったのか

これを理解しようと思った時に役に立つのがアフタータッチの構造視点での理解です。

アフタータッチ?

アフタータッチという言葉がどのように使われているのかをネットで調べてみました。

・鍵盤の底に近い部分にあるカックンの事です。この部分を感じ取ることはとても大切です。

だったり、専門用語を使って

・ジャックという部品の回転軸が変わってハンマーローラーを滑って抜けるまでの動きがこのカックンの正体です。ピアノによって個体差あります。

のような説明がされていました。

この説明、両方とも大正解です。

ただ、「だから何?」、「それでどうしたらいいの?」という方も多いのかなと感じました。

このようにピアノの構造を勉強しようとすると、案外それが演奏に繋がりにくい部分がどうしてもありますよね。

ですので今からアフタータッチやピアノの音が鳴る仕組みについてを、○○ミリのような数字や専門用語をなるべく使わずに、身体のある動作に例えて解説していきます。

これがなんとなく理解出来れば、

音抜け対策はもちろん、「アフタータッチって何で大切なんですか?」って聞かれた時にスパッと答えられるようになるかと思います。

音が鳴る仕組み

ピアノの音が出る仕組みというのは、ボールを壁に向かって投げる運動ととても似ています。

この時の壁が弦でボールがハンマーになります。

今から実際に一緒にイメージしていきましょう。

ボールを持って壁の前に立ちます。

この時に伸ばした手と壁の距離が30cmくらいにしましょう。ちなみにこの30という数字は重要ではありません。10cmでも50cmでもOKです。

この状態でボールを壁に当てます。
これによって壁、つまり弦が振動して音が鳴るのがピアノの仕組みです。

この時の大切なポイントは、今のボールと同じようにハンマーも弦に当たる前に放り投げられているという事になります。


このポイントを頭に入れて今度は腕を極端に遅く動かしてボールを壁に向かって投げてみます。

するとボールが壁に当たらずに落ちてしまうという現象が起きます。

これが先ほどの鍵盤をわざとゆっくり押し下げた時のハンマーが弦に当たらない現象、つまり音抜けの時に起こっていることになります。

ここからアフタータッチについてです。

アフタータッチとは

ここでも結論から言います。

今のボールを壁に向かって投げる動作の中で、アフタータッチはどこになるかというと、それは手首の動きになります。

ボールの動きに注目すると、まず腕の振りに合わせて動いていって、投げる直前に更に手首の力がさらにボールに加わっているはずです。

ピアノの演奏における「アフタータッチを意識する」という言葉は、

ボールを投げる動作で言うところの投げる瞬間の「手首のスナップを意識する」

という事と言っていいと思います。

壁にどうボールが当たるかというのが、ハンマーが弦をどう叩くのかということになるため、目の前のピアノのアフタータッチの感触を感じ取ることは演奏の上では重要なポイントになってきます。

ここから少し実践的な内容に入っていきます。

各ピアノによる違い

アフタータッチ、ピアノのカックンの感覚ってピアノによってかなり違いますよね。

これはしっかり調整されていたとしても、鍵盤とアクションの設計や演奏者の好みによっても違うのが現実です。

またカックンの仕方が

カーーーックン

カッ!クン

カカクン

カッ・・・

のようなピアノもあります。

これはなぜかというと、メカニックの調整が理想的でなかったり、あるいは部品の摩耗具合の多くがアフタータッチに影響するからです。

極端な話、温度や湿度、あるいはたくさん練習したことによって部品が変化した場合、それに合わせてアフタータッチも変わってしまうと言えます。

ちなみにピアノはこういった変化に対して、また調整が出来る仕組みになっています。

ここから具体的な音抜け注意報のピアノの代表的なメカニックの状態を2つ紹介していきます。
※実際にはもっとたくさんあります。

音抜け注意報のピアノ①アフタータッチが多い状態

まず1つ目、「レットオフが広い」ピアノです。

専門用語を使って申し訳ないんですが、ボールを投げる動作で言うと、ボールを放すタイミングが早い状態になります。

カックンの瞬間のハンマーと弦との距離に注目してください。

この時のハンマーと弦の距離=ボールが手から離れるタイミングに当たります。

そしてピアノというのは、

いつボールを放すのか、

もっと言うと壁に対してどこまでボールを持っているのか、

もっともっと言うとどこまで自分でコントロールしたいのか

を、実は調整で変えられるようになっていて、この作業のことをレットオフと言います。

このレットオフが広いと、壁から遠い位置でボールを放すことになるので弱い音、要は弱くボールを壁に当てるのが物理的に難しくなります。もちろん壁に近い方が簡単に弱く当てられますよね。

また大きい音を出そうとした時にも1番力が入るタイミングより前にボールを放すことになるのでやはり力が加わりにくいです。

リハーサルの時にアフタータッチ、カックンが多くて鍵盤をゆっくり下げた時に弦から遠い位置でカックンってなっていた場合、音抜け注意報のピアノです。

ちなみにコンサートホールのよく調整されているピアノは、このレットオフの距離が広くて2ミリくらいになっています。

ただこの距離が広い状態でしか出ない音というのもあって、わざと広くしている調律師さんもいるなんて話も聞いた事があるので、これについては色々な考えがあるはずです。

音抜け注意報のピアノ②


続いて2つ目はアフタータッチが少ない状態です。

これも色々なパターンがありますが、よく見るのは鍵盤が極端に浅い、またはハンマーから弦までが遠いピアノです。

感触としてはカックンではなく「カッ・・・」で終わっている状態です。

ボールを投げる動きで例えるところの手首が途中で止まっているという事になります。
ボールを投げようと思った時に手首の力をフルに使えない状態、途中で止められてしまう現象が起きます。

こういったアフタータッチが少ないピアノでも音抜けは起きやすいので注意です。

ここまで解説してきたように、音抜けを防ぐには


・ハンマーというボールを弦という壁に向かって投げているということ

・その楽器のアフタータッチ(カックン)とは、ボールを投げる瞬間の手首のスナップ

ということをイメージして頂くと、弱い音を弾く時の気を付けるポイントが少しハッキリしてくるのかなと思います。

よく調整されたピアノで出来る事


よく調整されたピアノで出来ること

それはカックンの手前で鍵盤を止めます。

その状態から底まで押し下げた時にpppの音が出れば、ほぼそのメカニックは健康またはよく調整されていると言っていいはずです。

これはまたボールを壁に向かって投げる運動に例えると、腕の勢いを全く使わずに手首の動きだけでボールを壁に当てることが出来る状態ということになります。

これが出来る状態の楽器であれば、専門の道を目指すレベルであれば音抜けはまず起こらないはずですし、色々な音楽表現が可能な状態という事になります。

1番最後にご家庭にあるピアノのアフタータッチとお金に関わるとても大切な事をお話します。

アフタータッチとお金の話

日本は四季があるため、この健康なピアノの状態を保つという事は簡単な事ではありません。温度や湿度によってアクション内部の木材やフェルト類の状態は常に変化してしまうからです。

この動画を見て家のピアノのアフタータッチなどの状態を見てみた時に、音抜け注意報だったとして、調律師さんに良い状態にして欲しいなぁと思った時にはお願いする前に必ず金額についての相談・確認をしてください。

メカニックの調整って時間の掛かる工程がいくつもあって、例えば先ほどのレットオフを調整するにあたって他の作業も一緒にしないとむしろ弾きづらくなってしまう、あるいは音が悪くなってしまうなんて事がよくあります

弾き易くはなったけど思いがけない金額になるなんて事がないように、もっと状態を良くしたいなぁなんて時には、まず家に来られている調律師さんに相談してください。普段来られている調律師さんがそのピアノの状態を1番わかっているはずなので良い状態にするのに必要な作業、それに掛かる時間と料金の提案をしてくれると思います。
それを参考にご家族の方と話し合うなどして頂ければと思います。

というわけで以上になります。
最後まで読んで頂きましてありがとうございました。
としさん