ピアノの”調律”と”調整”の違い

こんにちは!としさん@津久井俊彦です!
横浜を拠点にピアノ調律師やってます♪

今回は少し専門的で小難しいお話を。
(3000文字と結構長いです)

「調律」と「調整」という言葉、使い分けについての決まりなどは実は特にありません。

本記事はピアノ調律って音を合わせる以外に何があるのか、調律ではなく調整って何ぞやという部分についての個人的な考えが内容になります。

一般の方で家のピアノの調律が毎回2時間くらいで終わるという方にとっては新しい話だと思います。

またここに書かれている事はオーストリアのピアノを専門的に弾いている人達にとってはごく一般的な知識になります。ピアノの道を目指されている方は知っておいて損はないかもしれません。

※営業感が出ないようにベネフィット(これをやるとあなたにこんな良いことがありますみたいな文)はほぼゼロで書いています。少しでもピアノという楽器について知って頂けたら嬉しく思います。

調律と調整の違い

簡単に言うと、「調律」は弦の張力を専用の道具を使って調節して音程を合わせることです。オカルトなんて言われますが、「調律」で音色を変えることも出来ますし、タッチが変わったように感じさせることも出来たりします。

これに対して「調整」というのは、鍵盤の奥にあるメカニック部分の調整や各部品の動き、ハンマーの弾力など、そのピアノ全体を見ながら行なう作業のことです。僕の中では「調律」もこの「調整」の中に含まれます。

調律をお願いする際に、調律師さんによっては通常の調律以外に1日(あるいは2日)調整やメンテナンスというものがあったりします。

「丸1日掛けて何やるの?」という方も多いと思うので、次からこの「調整」という言葉について掘り下げていきます。

ピアノの”調整”とは

まず僕がピアノの下見などに伺った時によく説明することを書いていきます。

ピアノの調整にはたくさんの工程があります。ここで1つずつ説明するととんでもない情報量になってしまうので割愛しますが、イメージとしては家を建てていくのと似ています。

どういう事かと言うと「土台から積み上げていくもの」という事です。

ちなみに土台部分にあたるピアノ調整は、掃除や各パーツが正しい位置にあること、各パーツがスムーズに動くことに関する作業です。そこからメカニックの調整などに入って、整音(音色の調整)、一番最後に調律の順番に積み上がります。

とっても簡単にまとめましたが、ここで注目して頂きたいのは各調整の音への即効性と耐久性についてです。

各調整の役割

音への即効性というのは、やったらすぐに音が良くなるというイメージで読んで頂ければと思います。

たくさんある調整それぞれに目的があり、その全てはピアノの音を良くすることに繋がっているわけですが、ものすごく大きく見た時には2つの種類に分けることが出来ます。

それは「音を良くするため」の調整と「良い音を長持ちさせるため」の調整です。

さきほど土台から積み上げていくということを書きました。

ピアノ調整で言うと、この”土台”に近ければ近いほど音への即効性は少ないのですが、その分耐久性はあって良い音を長持ちさせるのに役立ってくれます。家で言えば地盤や基礎工事がしっかりしているかどうかって普段の生活ではわからないといった感じです。

これに対して、”土台”から遠い作業、例えば調律は音への即効性は高い分、耐久性という面では他の調整と比べると変化しやすいという事になります。

少し具体的な話

土台部分の作業

少し前に土台部分にあたる作業として掃除や各パーツがスムーズに動くための調整と書きました。これはタッチがスムーズになるのと同時に、フェルト類などの消耗を遅らせるという目的があります。

ピアノにはたくさんの消耗部品が使われていて、弾けば弾くほど摩耗して減っていきます。この消耗についてはどうしても避けられないのですが、こういった部分の滑りが悪い、つまり摩擦が多いと必要以上に消耗して、例えば通常よりも早く鍵盤がガタガタになったりします。

この必要以上の摩耗を防ぐことによってぱっと音が良くなるわけではないですが、その先に積み上げたものが長持ちする、もっと言うとピアノ自体が長持ちするということです。

土台作業があまりされていないピアノ

中身の調整があまりされていないピアノでも、即効性のある作業、例えば整音と調律のみでそこそこ良い音まで持っていくことはもちろん可能ですし、これも調律師にとっては不可欠な技術です。

ただ、その下に何も積み上がっていないという事もあり、物理的に良い音は長持ちしません。

鍵盤からハンマーまでの動きが物理的に違う状態で、表面の音だけを揃えていることになるので、すぐに音色のバラツキが出たりします。専門的な話をすると音の辻褄を合わせているというだけでハンマーの弾力そのものは揃っていないため、特定の音がすぐに硬くなったりするということです。

整音や調律が長持ちしない時に、その原因が実はメカニック調整やその手前の土台部分にあるなんて事はよくある話です。

土台に近い調整をする時の盲点

例えば掃除や部品のネジ締めなどの基本的な作業をした時に最初にその楽器に何が起こるかというと、その作業より上にある調整のバラツキがむしろ目立つようになります。視界が開けてきた結果、調整の粗が音に出てくるイメージです。

時間が限られている中で作業の判断を誤ると、全体で見ると状態が良くなっているにも関わらず、表面部分のいわゆる”音”の結果は悪くなるなんていう事が起きます(経験者談)。2時間ほどの限られた時間の中でもピアノをお持ちの方にとって何より大切な”音”の事を考えながら僕は常に判断しています。

また「良い音を長持ちさせるため」と上に書きましたが、実際には音もかなり変わります。僕がやる時には土台の部分から楽器の音を聴きながら積み上げていくのを心掛けています。この時の聴き方で調律師さんごとの仕上がりの雰囲気に違いが出てきたりします。

調整を積み上げること

究極に積み上がっているピアノはコンサートホールなどのピアノと言っていいと思います。コンサートの度に一流調律師さん達が調律+αの作業をして、且つ1年に1~2回保守点検といって2日間掛けて調整をして、何かが悪くなれば部品交換もしているわけです。そして使われていない時間は、温度湿度が完璧な楽器庫の中に保管されています。一般家庭でここまでの状態を保つのは正直不可能だと思います。

ただ、ピアノの土台部分に関しては一般家庭でも結構長持ちします。

一度やってしまえば、その後は毎回の調律の時に変化した部分をフォローする程度でまた良い状態に戻ることが多いです。また新品のピアノは土台がぐらつきやすいため、ピアノが届いてから1年くらいでもう一度土台からやり直す必要がある事が多いです。

ピアノ調整のリアル

丸1日調整して土台から上まで全て積み上がると思ったらこれがまた大間違いだったりします。

長年土台部分の作業がされていなかったピアノの場合、1日掛けて”ある程度”積み上がる、ここからようやく始まる(まだまだ良くなっていく)という表現の方が正しかったりします。

“ある程度”なんて書いてしまいましたが、それでも1日掛けて土台から積み上げていくとその日からピアノは良い意味で全く違う楽器に生まれ変わります。

特に毎年表面的な整音と調律だけされてきたピアノにはとんでもない”伸びしろ”が残っています。

さいごに

オーストリアから戻ってきてからありがたい事にたくさんの方のお宅へ調律に伺ってきました。その中で既に”ある程度”積み上がっていたピアノは数えてみると3%くらいです。

この理由の1つとして間違いなくあるのは、1日調整やメンテナンスというのは常識的な調律料金よりずっと高くなるのもあって、調律師さんが親切心から特に一般の方に勧めづらいというのがリアルとしてあると思います。

ですが毎年この金額が掛かるわけではないのと、買い替えを検討していた方が「こんなに良くなるなら愛着ある楽器だしまだこれで楽しみます」なんて言われるくらい変わることも結構あります。またハンマーなどの部品交換を先延ばしにすることも出来たりします。

どれくらい変わるのかについてはそのピアノの状態によって大きく変わるので、ピアノを良くしたいという方は、是非いつも来てくださっている調律師さんに時間を掛けた調整について相談をしてみられるのをオススメします。

趣味の方にとってはピアノを弾く時間がより充実したものになり、またその道を目指されている方にとっては練習の質が根本的に変わるきっかけになるかもしれません。

最後まで読んで頂きましてありがとうございました。
としさん@津久井俊彦