イェルク・デームスの話。~自分は音楽に生かされている~

山荘からの眺め

ウィーンの巨匠ピアニスト、イェルク・デームス。彼の1回目の命日にFacebookに投稿した内容です。

今日4月16日は、ピアニスト、イエルク・デームスの1回目の命日です。「自分は音楽に生かされている。」と彼はよく言っていて、なぜそう思うのかと質問をしたことがあります。物心ついた時から彼は自分でこう思っていたそうなのですが、80歳を超えた頃にこれを強く確信する出来事があったそうです。

これは2018年夏のザルツブルクでのマスタークラスの後、自然の景色も秋に変わってきた頃に彼の山荘で聞いた話です。

「一度大きな病にかかって病院のベッドで寝たきりになっていた。もちろんピアノも弾けない。そしてこの入院中に間違いなく死を確信した時があった。聞こえていた声はどんどん遠ざかり、自分の意識とは関係なく目がゆっくりと閉じていく。仲の良い友人の顔を思い浮かべながら、あぁこれで自分の人生は終わりか、少しは音楽に貢献できただろうか。と考えていたところ、遠くからかすかにある音楽が聴こえてきたんだ。

ブルックナーの交響曲7番だった。

しかしある事にすぐに気が付いた。テンポが異常に遅い。ちょうど半分くらいの速さだった。すると突然目の前にとてもかわいらしい少女が現れた。5歳くらいに見えるこの少女は自分に気付くことなく、気持ち良さそうにこのブルックナーの7番を指揮していたんだ。しばらく黙って見ていたが、やはりテンポがあまりにも遅いので話しかけたんだよ。

気持ちよさそうに指揮をしているところ大変申し訳ないのだが、この曲の本当のテンポを知っているかい?本当は2倍くらいの速さの曲なんだよ。もっともっと美しい音楽なんだ。

するとこの少女はぽか~んとした表情でしばらくこちらを見つめていたんだ。そして更にしばらくするとこの少女は自分に言ったんだ。“それ、本当?”って。

やあもちろんだとも。本当なら自分が演奏してでも聴かせてあげたいんだけど、残念ながらそれはもう出来ないらしい。

これを聞くと少女はまた先ほどと同じようにぽか~んとした表情で見つめてきた。この時の表情は今でもはっきりと思い出せるよ。しばらくずーっとお互いに見つめあっていると、その少女は“・・・じゃあ聴かせてくれる?”と自分に言ってきた。

もちろん生きていればすぐにでも聴かせてあげるよ。でもさっきも言ったけど、自分はどうやら死んでしまったらしいんだ。これを伝えると今度はさらに長い時間何かを考えこんでいたんだが、少女は突然自分に向かってニコっとかわいらしい笑みを浮かべた、この瞬間、さっき閉じた目が再び開いて病室の天井が見えたんだ。

自分は本当に音楽に救われたんだよ。そしてこの時に誓ったんだ。残りの人生全てを音楽に、この少女に捧げるって。

やっとピアノの前に座れるくらいに回復した時、自分は全くピアノが弾けなくなってしまっていた。指をくぐらせる事も出来なくなってしまっていた。でも自分はこの少女と約束したんだ。だから毎日ほんの少し、本当に少しでもいいから昨日より上手く弾こうと決めて、ただこれだけを今日まで毎日必ずやってきた。当時は1オクターブを片手で1音ずつつっかえないで弾く練習から始めたんだよ。

毎日辛いこともあったが、またピアノが弾けること、そして音楽を奏でられることが何よりも喜びだった。鍵盤に指が触れるたびに自分は世界で1番幸せに違いないといつも感じていたし、今この瞬間もこの気持ちは変わらない。音楽にとって最も大切なことが何だかわかるか?“喜び”と“感謝”だと自分は思う。

去年の夏頃からようやく自分の指が病気にかかる前のようにイメージ通りに動くようになってきたんだ。今も毎日が本当に幸せだし、今日が自分の人生の中で最もうまく弾けると自信を持って言える。なぜなら昨日より上手く弾けるようになっているから。」
この話を終えると彼はまた練習を始め(この時はバッハの平均律)、いつもと同じように何度も書き直した指番号にまた修正を加えていました。

以上になります。
読んで頂きましてありがとうございました。としさん